
(2,924m)
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| (山梨大学山岳部OB宮澤和利撮影) |
| 53 鷲羽岳 (2924米) 日本山岳会発行の『山岳』第32・33・34年(1937・38・39年)に掲載された、中島正文氏の「奥黒部と奥山廻り役」と題する長文の記事は、登山をただのスポーツと見る人達には退屈な読み物かもしれないが、私のように登山をもっと広く考え、たとえ山へ行かなくても、書斎で山の本を読み山の由来を尋ね山を思慕することをも、山岳人の立派な資格に数えている者にとっては、誠に興味津々の有益な文書であった。 中島氏は黒部奥山の乏しい古記録・古絵図を集め、それを検討しておられる。それらの旧記録は大かた前田藩の藩主が越中の農民に命じて、地領内の黒部川源流の山々を探査させた結果であって、伝説や臆説を交えず、実地の調さ記録であるだけ信頼できる。ここに取り上げるのは、その中の鷲羽岳である。 北アルプスの山名は、立山、薬師、笠、槍などの著名な物を除くと、明治末年近代登山のパイオニアたちが、案内の猟師から聞いてなづけたものが多い。ところが鷲羽岳は、今から270年前、元禄10年(1697年)の奥山廻り役の記録以来その名が現れているのである。当時は鷲ノ羽ヶ岳といった。鷲羽岳と変わったのは文化年以後であった。 初め鷲羽岳とは今の三ツ俣蓮華岳を指していた。そこは三国の御境目であったから、名前の存したのは当然だろう。ところが文政の頃の記録に、その三国境の鷲羽岳の東北方にある顕著な一峰に東鷲羽岳の名が現れた。現在の鷲羽岳はその東鷲羽岳である。しかしこの峰にはもと竜池ヶ岳という名が存在していた。竜池は現在の鷲羽池である。 この昔からの歴とした名前が現在のように変更されたのはそう古い事ではない。現に私が学生時代に持って歩いた五万分の1には、今の三ツ俣蓮華岳は鷲羽岳となっていた。どうしてそれが改悪されたか。それは北アルプスの初期の登山家たち、我々の尊敬する日本山岳会の先輩たちの軽率な誤りから来たものだが、今ここにその事情を詳述する余裕はない。中島正文氏の記事を参照に願いたい。 もう今となっては元の正しさに返す事はできまい。それに旧鷲羽岳(現三ツ俣蓮華岳)は根張りの大きい堂々とした山ではあるが、山容の俊秀な点では旧東鷲羽岳又は竜池ヶ岳(現鷲羽岳)の方がそれを凌駕し、標高もそれより高い。鷲羽の本家はこちらが適当かもしれない。 鷲羽という名はどこから来たか。中島氏の文にも書いていない。この山を黒部川の対岸薬師岳や太郎兵衛平から眺めると、山肌の岩と雪の模様が鷲の羽のように見える、そこから由来したのだという説を、私はなにかの本で読んだおぼえがあるが、真偽は保しがたい。 黒部といえば、その谷の深さと険しさと美しさで有名でだが、その黒部川が産声をあげるのが鷲羽岳である。その山の頂に立つと、黒部川の幼年地代の発育ぶりが手に取るようにわかる。源流は一跨ぎできるささやかな流れである。その水がやがて切り立った絶壁の間を、潭となり淵となり滝となって、猛々しく流れて行くのである。激しい青壮年時代を運命づけられた人のまだ幼な顔が、黒部のみなかみに見出される。(残念ながら現在は、黒部川のその旺盛な青壮年期はダム湖に埋もれてしまい、幼少期だけが昔のまま残っている。) 以前は鷲羽岳へ達するには、どの出発点からしても途中2泊は要した。それほど山深かった。頂上から南へ下った鞍部は鷲羽乗越と呼ばれ、黒部川と高瀬川の分水嶺をなしている。近年その高瀬川の源流湯俣川を遡って、乗越通じる新道が開かれ、我々は初めて、長い尾根を辿ることなしに、北アルプスの核心へ容易に踏み入ることが出来るようになった。 鷲羽乗越は匐松で覆われた広い台地で、その緑の中に埋もれたように山小屋がある。そこから鷲羽岳への登りが始まるが、小屋の前から仰ぐ鷲羽の姿は雄々しく美しい。急坂を登って行くと、稜線の右側にスリバチ形の火口湖があって、その底に水を湛えている。これが、旧称竜池、現在の鷲羽池である。ここから第等の眺めは槍ヶ岳で、槍を望む所は方々にあるが、ここほど気品高く美しく見える場所は稀だろう。その遥かな岩の穂がこの池まで影をおとしに来る。 登山者として鷲羽岳最初の足跡を印したのは、明治40年(1907年)の夏、志村鳥嶺さんであった。志村さんは烏帽子の方から縦走してきて、鷲羽の絶頂を踏み、「南方眼下に、一小湖水を発見す、こは全く一噴火口なり・・・・鷲羽の噴火口、恐らく何人の耳にも新しき事実なるべし」と記している。日本アルプス探検時代には、こんな思いがけない発見が至る所にあったのであろう。昭和の今日、登山はしごく便利になったが、もはやこういう驚きはなくなった。 深田久弥:著「日本百名山」より |
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| 鷲羽池(火口湖):ここから望む槍ヶ岳は第一等である |
| NHKの番組「日本百名山」で北アルプスに魅せられた方が随分多いと思います。 そこであえて深田久弥氏の文章をそのまま引用させていただきました。 新潮文庫:深田久弥著『日本百名山』の注文はこちらまで Web書店 |
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