| 黒部通信 VOL.6 |
新緑を求め関電ルートを行く (5月28日:晴のち小雨) |
| 新緑を求め、関電ルートで黒部の谷へと向かった。今回のお客様は堀口すみれ子さん。すみれ子さんは堀口大学先生のご令嬢で、文学者でもある。大学先生は川や山や可憐な花等の詩を数多く残されている。すみれ子さんから大学先生の自然観を伺えればという期待に胸を膨らませての出発である。その他、セレネ美術館の学芸員2名とNHKの職員1名の合計5名のグループである。 現在、関電ルートは毎週木曜日一般公募し一般のお客様に開放している。関西電力北陸支社へ申し込めば体験乗車ができる。しかしながら1回の募集人員が30名なので抽選による選定となる。 我々は、宇奈月発7時11分の工事用専用車輛に乗り込んだ。黒部ダムまで約3時間の行程である。宇奈月を出るとすぐに黒部川本流に架かる赤い山彦鉄橋を渡る。右側の座席を確保したほうが川がよく見える。今年の4月から湛水をはじめた宇奈月ダムによって、宇奈月湖ができた。残雪未だ多い黒部の山々と新緑のコントラストを水面に静に映し出している。 トロッコの車窓からは、萌黄色の柔らかな若葉が、小雨に濡れて優しく輝いているのがよくわかる。新緑の峡谷美を堪能できるので狭い座席も全く苦にならない。 鐘釣駅から対岸に万年雪を見る事が出来る。百貫山から激しく落ち込んでいる百貫谷に起きるホウ雪崩の残骸である。鐘釣からは黒部の水もますます澄んでくる。 春先の黒部の流れは薄緑色になる。いや翡翠色といった方が的確かもしれない。雪解け水に山の栄養分が良く溶けこんでいるからだと釣師達は言っている。地元では笹濁りと呼んでいる。茶道の世界で言うならば利休好みの色であろうか。黒部の川も笹色に濁り始めると川虫の孵化が始まる。岩魚の絶好の餌となるので魚達の動きも一段と活発になる。やがてこのミネラルを多く含んだ水は富山湾に注がれ魚達の餌となるプランクトンを育む。 まさに黒部川が母なる川と呼ばれる所以である。 毎日湘南の海をご覧になっているすみれ子先生には黒部の魅力がより一層新鮮に感じられると思う。時折感嘆の声がトロッコ電車のきしみの中から伝わってくる。 宇奈月から20km、終点の欅平に到着すると専用トンネルの中を約15分線路沿いに歩かなければならない。もちろん許可無く立ち入り禁止区域である。
関電専用車であるバッテリーカーの始発駅である竪抗上部まで高低差約200m。ここをエレベーターで登る。このエレベータには引込み線が設けてあり専用車輛が1台収まるようになっている。驚くほど大きなエレベータの籠である。現存する日本最大のエレベータで、しかも戦前に設置さた。アメリカのオーチス製で移動時の震動が全く肌に伝わってこない優れものである。 黒部川はわが国屈指の急流河川であるため、欅平から仙人ダム(黒部第三発電所の取水ダム)まで軌道を延ばすには余りにも級勾配となるため、200mを垂直に移動しなければならい。これは昭和13年まで続いた黒部第3発電所建設工事の足跡である。しかもすべてが山腹にあるので掘削を伴う工事は想像を絶する物があった。その後クロヨンの工事の際も重要な輸送ルートとなり現在でも活躍中である。 竪抗上部の展望台からは、白馬鑓や天狗の頭などの稜線が望めるのだが、あいにくの雨雲で視界を阻まれてしまったようだ。しかし雲の切れ間からおぼろげに見える奥鐘山の大岩壁は不気味で、今回は特にその存在感を強く印象付けられた。 バッテリカーは竪抗上部から黒四発電所まで6.5kmを20分で走る。途中小説で有名な「高熱隧道」(約500m)を通過する。今は半分以上がコンクリートで巻かれているのであまり熱くないようである。しかし強烈な硫黄臭だけが当時の難工事様子を今に伝えている。 蒸気のトンネルを抜けると仙人駅に着く。仙人駅は黒部川本流に架かる鉄橋である。駅といっても作業の人達や資材を下ろすところだから、バッテリーカーが停車するところが即ち駅になる。この時期の仙人の駅からの眺めが実に雄大である。上流側には、剣岳から一挙に落ち込んでできた雲切の大滝が形よくに見える。雪解け水をちぎり投げるがの如くの凄まじい水量である。仙人駅の直下が花崗岩の峡谷飛竜峡である。ダムの建設に当たっては、岩盤が最も堅固で狭い峡谷が選ばれる。しかも川がZ形に曲がりくねっているところが適地である。これによって鉄砲水のエネルギーを弱める事が出来るようである。
仙人駅を出発すると再びトンネルに入る。このルートでは仙人駅以外はすべてトンネルである。黒四発電所からはインクラに約20分乗る。インクラ内の備え付けビデオで黒部の電源開発史をひも解く。人間が自然に立ち向かう貴重な映像である。 インクラ上部からはマイクロバスで約20分、関電トンネルを走ると黒部ダムに着く。ここまで来ると観光客のざわめきが伝わってくる。黒部ダム建設のお陰で黒部の奥地へ容易に入山できるようになった。最近では台湾の観光客が多く日本語が通じない時もある。 すみれ子さんは黒部ダムは初めてである。ダム直下から吹き上げる黒部の風に接しながら、残雪が美しい周りの連山の説明をした。先生の心の奥底には白馬岳への思いがあるらしい。残念がら今日は雲が低いため端麗な白馬の稜線を望むことが出来なかった。本来ならば下流の一番奥に、山の女王の如く存在する白馬岳を、遠望することができるのだが。 黒部ダムの巨大な堰堤を渡りきると、地下ケイブルの駅がある。そこを左に折れると黒部湖の遊覧船の船着場がある。ここから奥黒部ヒュッテまで15分の道のりである。黒部湖沿いに整備された小径は、観光客が余り訪れない静寂で落ち着ける場所である。私はこの緑のプロムナードがたまらなく好きだ。立山黒部アルペンルートもコースから外れると以外とのんびり出来るところがある。
今は山々の残雪が美しく、低木の芽吹きが今まさに始まろうとしていた。私のお気に入りはやはりブナの大木ある。このプロムナードはブナ林を肌で感じながら、しかも雪解け水を満万と湛えた蒼い黒部湖を眺めながら散策ができる絶好の径である。ブナの大木は枝を思いっきり延ばし、若葉が萌黄色の天空を作っている。自然の気が体を癒してくれる。 奥黒部ヒュッテ付近にキャンプ地がある。ブナ林の真っ只中の贅沢な環境である。我々はそこで足を止め緑の天蓋に包まれながら心行くまで気を吸収した。体の奥まで気が浸透していく。自然の中に生かされていると実感させられる瞬間である。
人間は必要に迫られ、大自然の中でいろいろな物を構築する。その構築物である黒部ダムは、長い年月風雪にさらされながら周りに溶け込もうとしている。 「それ自身、自然に同化しようと努力をしているのかもしれないですね。」と静にお話されたすみれ子さんの言葉がとても印象的だった。 自然を優しく詩で綴られた堀口大学先生の自然観。少しは近づけたのでしょうか。
<今回のお勧めコース> 黒部湖の遊歩道(ブナの径)――地下ケーブル駅から徒歩片道20分 |
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| セレネ美術館 濱田政利 |
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